2010年なのに、まだ車は飛んでいないし、しばらく飛ぶ気配もない理由。

2000年を迎えた年、僕はまだ二十歳にはなっていませんでしたが、
もう大人と呼ばれておかしくない年齢にはなっていました。
「21世紀は2001年かららしいよ」と言われていても、
2000年代に突入したことに、子どものようにわくわくした記憶があります。

事実、Y2Kだのミレニアムだのと横文字が踊り、
ブロードバンドにmp3にジンジャーに、未来っぽい話題があちこちで聞かれました。

それから10年経ちました。

手元から確実に紙だのプラスチックだののモノが減って、
情報は0と1のデータに変わりました。
Webによって、地球はぎゅぎゅっと縮められました。
白いリモコンを振れば、家にいながらにしてテニスや卓球を味わえるゲームが楽しめます。
携帯電話は完全にハンドヘルドコンピュータになり、
画面を触ったり端末に話しかけることで操作できるようになりました。
リニアモーターカーも、かなり実験が進み、どこを走るかも決定しつつあります。

それなのに、車が空を飛びません。
その気配すら見せません。
外国のエンターテインメントニュースサイトで、
ロケッティアみたいな一人乗りマシンが開発されたニュースは流れます。
でも僕らが夢見ていたのはあんなものではないのです。
夢見た「空をびゅんびゅん走る車」は出てきません。
出てきたとしても、それは道を走れる飛行機なのです。

しかし、その理由を考えてみると、出てこないのも無理はありませんでした。
なぜなら、全くそんなものは世の中に求められていないからです。
よその国は、いまではとても近いのです。
ネットワークを介せば、顔を見ながら言葉を交わせます。
商売だってできます。いくらでも情報は手に入ります。
確かにそれらは全て仮想的なものです。
実際に会えるわけではないし、触れられることもありません。
同じ空気を吸うことはできません。
でもちゃんと感じることができます。

わざわざ大きな車を飛ばして、自分が行くことはなかったのです。
ネットワークを通じて、互いのコピーを近くまで送り届けることができるようになったのですから。

デジタル環境については、まだまだいくらでも期待できることがあります。
画面が飛び出て見えるようになりましたし、紙の本を読む必要もいずれはなくなりそうです。
でも、空飛ぶ車だけは、今では夢見たりすることはありません。
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