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フィギュアスケートは、アートを捨てられるか。

ようやく流行が通り過ぎつつある感じがある中、いまさらながらバンクーバーオリンピック・フィギュアスケートに関するエントリーです。

結果だけを見て言えば、炎上するはずがない
まず、結果だけを見ますとキムヨナ選手の完全なる大勝利です。文句のつけようがありません。世界最高記録で、金メダル候補の浅田選手に大差をつけての金メダル。本来は世界中が拍手喝采オベーション雨アラレにならないとおかしいという条件が揃っています。ところがいろんなところで大炎上です。まだまだあちこちでくすぶっている状態にあります。おかしな話です。

なんでそんなことになったかと考えると、なんとなく参考になりそうな出来事が2年前にあったなあと思い出しました。北京オリンピックでボルト選手が取った100m金メダルです。

ボルト選手の金メダル
ボルト選手も、キムヨナ選手の金メダルと同じようなシチュエーションで金メダルを取っています。それまで誰も届かなかった最高記録(9.72秒)。非常に強いタイソンゲイ選手の記録(9.85秒)を引き離しての金メダルでした。世界中で感激を呼び、拍手喝采は当たり前、たくさんの人がボルトポーズを真似しちゃった(少なくとも隠れて家ではしてたはず)という、いい意味で話題になりました。

キムヨナ選手とボルト選手の金メダルをとった条件はよく似ています。最高記録で、2位に大差という圧倒的勝利。なのに、ボルトは絶賛でキムヨナは炎上という異なる評価がなされています。そのわけを考えると、結局とても単純なことがその答えになりそうな気がします。それは何かというと、

①「競技の分かりやすさ」
②「徒競走をやったことある人が多い」

だと思うのです。

分かる競技と分からない競技
100m走という競技はとてもシンプルです。よほど僅差にならない限りは、「どの人が一番だったと思いますか?」の質問に対して、誰もがいっせいに同じ人を指差すでしょう。なぜなら100m走のルールが「100m地点まで一番最初に行った人が一番」というとても分かりやすいものだからです。一番前にいる人が強いんだから、一目見ただけで状況も結果も分かります。「でも僕の目には7位の山田が1位に見えた」とか、そういうことは起こりえません。

また、100m走をしたことがある人がたくさんいるということも、その理解を助けています。何しろ、自分の100mタイムを知っている人もいるわけです。15秒で走る人が、9秒いくらみたいな数字を見れば、驚くし、感心するし、すごいなあというに決まっています。レベルの低い人でも、すごい人のすごさは十分分かります。

一方フィギュアスケートはというと、日本の競技人口数千人というようなスポーツです。普通のスケートはたくさんの人がやったことがあるでしょうが、フィギュアスケートとなると話は別です。昔フィギュアをやってたよ、という人に僕が会ったことがないのは、僕の交友関係が狭いからだけではないと思います。つまり、自分はもちろんやっていないし、周りにもやっていた人はいない状況で、テレビの前でみんなが批評家になるわけです。そんなもん、正しい評価をしろというほうが無理です。やったことないんですから。

だからといって、「やったことない人間がえらそうにキムヨナだめだって言うな」とか「実はナガスが一番よかったんだぜ」とか、言っちゃダメだなどと言うつもりはありません。(ちなみに「実はナガスが・・・」は僕の意見です。)いろいろ言えばいいと思います。文句があれば友達に言ってみたり、ネットに書き込んだりしちゃえばいいのです。そんなもんは自由だし、素人が言ったことに対して、素人が何を言ってもいいし、あるいはプロにバカにされたとしても、それはそれでいいのです。好きにすればよいと思います。

実はフィギュアスケートが、「スポーツとして」いまいち成立していない。でも、今回のフィギュアスケートが炎上してしまったことは事実です。競技に出ている選手たちはみんな頑張っているので、キムヨナ選手とか浅田選手とか含めて誰もやいのやいの言われたくないと思います。できれば炎上はしないほうがいいに決まっています。

今後、今回みたいにめんどくさいことにならないためにはどうすればよいか、ということになりますが、少なくともフィギュアスケートに関してはどうにもならないような気がします。なぜなら、スポーツとしてのフィギュアスケートに無理があるからです。

フィギュアスケートと似たようなもの(僕にはそう見えています)に、「バレエ」があります。あれは芸術として見られていますが、やっていることはフィギュアスケートに近いです。というか、フィギュアがバレエに近いです。なのに片方はオリンピックスポーツで、片方は芸術です。僕は、芸術であるほうのバレエは、たぶんそんなに炎上してないんじゃないかと推測しております。「なんであいつが評価高いんだ!」と文句が出ることもあるでしょうが、「演技力」という評価軸にのみ従う「芸術」なので、ある程度評価にブレがでることは仕方がないし、仕方がないのでそんなにもめないはずです。もめたとしても、それは正しい揉め事です。「この演技はここがいいから、こっちのほうがいい」とか、そうやってもめることにより、レベルが上がっていくこともあると思います。

一方、フィギュアはそうは行きません。なぜなら「スポーツ」なので、「回転数」だとか「技術点」とか、スポーツっぽい評価軸が主体となるからです。あくまで表現力は補助的な要素でしかなく、「演技がうまかったから、優勝」という理屈は通用しません。

ところが、オリンピックを見ていたりすると「すばらしい表現力ですね」とか解説の人が言ってしまいます。(もちろん基本的には「高いジャンプです!」といった、スポーツ目線での解説が主ではありますが。)そして事実その「表現力」が評価されて上位に食い込んだりするわけです。しかも「何を表現しているか」はほったらかしにされたままです。

つまり、フィギュアスケートがスポーツとして、成立していないのです。「5回転ジャンプした人が勝ち」とか、シンプルな話ならともかくとして、演技力がどうとかいうことになると、もう訳が分からないことになるからです。これからフィギュアがますます成長していくかどうか、それはフィギュアスケートがアート性を捨てられるかどうかにかかっています。アートを捨てない限り、またこういう意味のない炎上は起きますし、それが結果としてフィギュアの人気につながるということもないように思います。

結論
チャップノブナリ最高。
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